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  1. 「公立の星」白岡は決勝で散る…花咲徳栄が4年ぶり甲子園

     準決勝で浦和学院を破って初の決勝進出を果たした白岡は花咲徳栄に2-5で敗れ、初の甲子園出場はならなかった。勝った花咲徳栄は4年ぶり3度目となる夏の甲子園出場を決めた。 新「公立の星」もあと一歩届かなった。ノーシードから勝ち上がり、準決勝でセンバツ4強の浦和学院を撃破して初の決勝進出。

  2. <一投一打>松山3年・和木優馬主将 逆転信じ、最後まで全力

     昨夏の県大会5回戦は九回2死の場面で打席に立ち、飛球で試合を終わらせてしまった。「先輩たちに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。1年間、忘れたことはありません」。その悔しさを胸に、主将としてチームを引っ張ってきた。 あと2つ勝てば、初めての甲子園切符を手にするところまで来た。

  3. <熱球譜>浦和学院3年・江口奨理投手 乱れた制球、止まらぬ涙

     甲子園の舞台に戻ることはできなかった。試合が終わってすぐ、球場裏の駐車スペース。「みんなに迷惑をかけてしまった」。優勝候補の筆頭チームを引っ張ってきた左腕エースは帽子を深くかぶってうずくまり、涙を流し続けた。 春のセンバツではベスト4進出の立役者となり、全4試合で完投した。

  4. 熊谷・飯野湧登主将 重圧越え「全力出し切った」

     一回、自身のミスが失点につながり、試合の流れを奪われた。創部100年の節目に務める主将の重圧は「やはり大きかった」。試合後、胸の内を明かした。 新チームでは練習中の私語などまとまりのなさに苦しんだ。なかなか勝てず、OBから監督に飛ぶやじは自分に向けられているようで、落ち込みもした。

  5. <熱球譜>熊谷商3年・水野昌人選手 気持ちもプレーもOBの父越え

     父の俊也さん(44)も熊谷商の野球部員だった。その父は三年のときに夏の大会で5回戦に進んだが、サヨナラ負けを喫した。「必ずおやじを越えて、甲子園に行く」。俊也さんにそう誓って熊谷商に入学し、同じ5回戦の舞台に立った。しかし、約束を果たすことはできなかった。

  6. 今年は8月1日から「甲子園見学」…開幕早く「甲子園練習」はなし

     日本高野連は22日、第97回全国高校野球選手権大会出場校の甲子園見学を8月1日から4日の午前中に行うと発表した。 今大会は例年より早い6日に開幕するため、従来の甲子園練習を実施せず、一般のファンを対象としたスタンド開放も行わない。

  7. <熱球譜>川口3年・加藤将太選手 大会直前に急病も気迫の復活

     今大会の開幕6日前となった今月四日。学校で練習を終えた直後、急な腹痛で動けなくなった。虫垂炎(盲腸)と分かり、その日に入院して手術を受けた。見舞いに来た仲間たちは「おまえが戻るまで勝ち続ける」と励ましてくれた。 八日に退院すると、父の英治さん(44)と病院からバッティングセンターに直行した。

  8. 創部100年、OBも結集 熊谷高校野球部OB会長・岡田俊雄さん

     今年、創部100年目を迎えた古豪・熊谷が久々の16強入りを果たし、スタンドでエールを送ったOBらも歓喜の声を上げた。 熊谷は、終戦から4年後の1949年に県勢で初めて夏の甲子園に出場。2回目の出場となった51年には、見事、準優勝に輝いている。

  9. <熱球譜>「打倒浦学」見果てぬ夢に 川越東3年・磯川雄太投手

     頼むから打ってくれ-。先発で出場し、七回に1失点して降板後は、ベンチで両手を合わせ、祈るようにして仲間の反撃を願ったが、かなわなかった。「負けたことが今でも信じられない。悔しい」と目を赤くした。 六回までは、9奪三振で朝霞西を抑え好調だった。七回1死、二塁打を打たれた直後に右脚がつった。

  10. 球児に困難越える自信を 新井清司・市川越監督に育成功労賞

     日本高野連が高校野球発展に寄与した指導者に贈る「育成功労賞」に、今年は市川越監督の新井清司さん(59)が選ばれた。37年以上にわたり県内の高校で責任教師や監督を務め、選手の育成、学校の活性化に尽力した。「ここまでやって来られたのも、生徒たちがついてきたから」。日焼けした顔に笑みが浮かんだ。



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